グーグルPTAの支配する秩序
グーグルが、「Dont be evil」(邪悪にならない)たろうしていることは知っていたけど、「Dont be immoral」(不道徳にならない)も志向しているとは知らなかった。
日本語環境のグーグルでは、勝手にエログロ情報にフィルターがかかっていて、しかもその設定を変えられないデフォルト仕様になっているんだという。
実はグーグルが「教育ママ」だったとは、ユーザーにとっては、かなり失望的なことじゃないか?!
と、ここで紋切り型に権力者グーグルの横暴を批判するのは簡単だけど、考えてみるほど、この問題は奥が深いようだ。
とりあえず実際試してみると、衝撃的。
何て言うか、コンタクトを初めて装着した時に見えた世界というか。現実の世の中はもっと色彩豊かでギラギラしていたんだ!と発見をしたような感覚。
グーグルは検索に民主主義の原理をもちこんだと言うけれど、「無修正」のままの生の民主主義のもたらす結果は、恐ろしくエログロまみれなのだ。南国の島じゃ紫外線カットのサングラスをかけないと眩しすぎるように、普通に検索を使う場合には、生のままの検索結果を表示したのでは、ノイズが混ざりすぎて妥当性を損なうということで、フィルターをかけざるを得ないのだろう。
だけど、「グーグルは検索結果に手を加えず、真に民主的な結果を表示する」と無邪気に信じているユーザーにとっては、知らぬ間に「フィルターon」にされていたとは、裏切られた気がする。
ここでグーグルがやっていることは、「グーグル八分」とはちがう、もっとマイルドな形での制約だ(裏ワザを知ればユーザーが表示設定を変更できるという点で)。
グーグル八分の名付け親?のessaさんが、以前に「課題図書」と呼んだ原理に似ていると思う。それに触発されて、自分は勝手にこれを「グーグルPTA」と呼んでみたい。
つまりグーグル八分が、学校からの退学・追放を意味する父権的権力だとすれば、グーグルPTAは、教育ママのごとく生徒に「道徳」を押しつけている。しかも生徒の知らない間に、了解もなしに。「何が道徳的に正しいことなのか」の議論も抜きに、勝手に学校環境の秩序を保っている。当たり前だけど、何が「エロい」かは時代や場所や人によって異なるし、何が「グロい」かも同じこと。価値観の押しつけは迷惑なだけだ。
といいつつ、また話が飛んで恐縮だけど、よく考えてみれば既存のマスコミだって同様のフィルターをかけている。
日本ではテレビも新聞も、戦場や事件現場の死体は絶対に映さない。
逆に映っちゃったら使えないから、わざと映らないように撮るし、映ったらカットする。
一種の社会的「タブー」が意識的にも無意識的にもフィルターとして働いている。
でも外国では、国によっては死体を映すことはタブーじゃない。
むしろ戦場には死体が転がっていて当たり前だし、逆に悲惨な光景をクリーニングした映像ばかりを見せることは、戦争の悲惨さを覆い隠し、見る人の戦争に対するイメージを歪ませる、とも言える。
既存メディアにせよ、グーグルにせよ、ご利用の際にはメディアリテラシーが必要と言えばそれまでだけど。
そもそもフィルターをoffにしたら、グーグルが真に民主的な検索結果を表示してくれるかというと、かなり疑問だし、結局すべてはグーグル様のさじ加減ということだ。
だったら実のところ人間なんて「見たいものしか見たくない」のだから、いっそフィルターをカスタマイズするサービスを提供してくれたらいいと思う。
googleが考える「今はやらない」あえて偏ったgoogle検索
例えば、現在中国で行わている「検閲(フィルタリング)付き」での検索サービス提供などは、将来的には、日本でも、エロゲサイトやゲームサイトにアクセスできなくする設定の「office専用googleデスクトップ」みたいなビジネスに派生する可能性があったり、googleをかなり深くまで知っている"どこかの企業"が、「キリスト教原理主義者向け検索」みたいなのをgoogle検索の結果を複数組み合わせたメタ検索システムとして作るかもしれない。
検閲ではなく、顧客の「ニーズに寄り添った」情報提供のカスタマイズと言えば
受け入れられる可能性は高いだろうなぁ。
というように、いろんな企業や組織や個人の価値観に合わせた、多様なフィルターを用意してくれた方が、最初から検索結果から余計なノイズをはじいてくれて便利な気がする。
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