僕らはグーグルの巨大な磁力に知らぬ間に動かされている
グーグルの戦略を見ていると、いつも【compelling】という単語を思い出す。動詞の【compel】とは「人に何かを強制する」という意味だけど、転じて形容詞【compelling】は「すばらしい」というポジティブな意味をもつ。つまり、「人の心を引きつけて放さない」「すごすぎて無視できない」という感じ。compelling movie といえば、すごく魅力的な映画という意味になる。
例えば、日本国家が住基ネットや盗聴法を導入しようとすると猛反発したり、中国の人権侵害を非難する人たちが、なぜGmailやグーグルofficeを喜んで使い、自ら進んでプライバシー情報をグーグルサーバーに放り込むのか?
これは考えてみるとすごく面白い現象だ。要は「北風と太陽」というか、レイプ魔と口説き上手のモテ男とのちがいというか。つまり同じ目的を遂げるにも、やり方次第ということ。
グーグルは、使わずにはいられないほど魅力的で便利な(つまりcompellingな)サービスを次々と繰り出すことで(しかも無料で!)、パクッと食い付いてきたユーザーに、いかに自発的にデータを提供してもらうかに腐心している企業だと言える。([関連]グーグルの領土拡大図)
なんのために?グーグルという組織を一言で言ってしまえば「情報フェチ」なんだと思う。上場してるくせに金儲けのことよりも、世界中の情報をかき集めてきて、オーガナイズすることに無上の喜びを感じる連中。ラリーとセルゲイはもともと上場に反対だったっていうし。
グーグル学の泰斗essaさんも同じようなことを言っている。
ビジネスモデルとして劣悪であっても、より多くの「アトムのビット化」を継続的に行なえるようなプランがあったら、グーグルという会社の中では良いプランとして評価されるのではないだろうか。
だから、 "scanning every ATOM on the earth" は、結果として、利益の極大化を目的にした普通の企業のやることによく似ている。でも、それはたまたま二つの原理が行動として同じ結果を産むというだけの ことだ。外部から観察できる行動にはそれほど違いは見えなくても、組織を駆動する原理は全然違うものかもしれない。( scanning every ATOM on the earth)
そういう意味で、YOUTUBEを買った目的も、なによりYOUTUBEが保有している膨大な動画データが欲しかったという仮説は成り立たないか?優秀なボットをクロールさせなくても、放っておけば世界中のユーザーが世界中の動画を毎日勝手にどんどん投げ込んでくれる巨大なバケツを。世界中のリビングルームに散逸している動画アーカイブを労せずして集めると同時に、CGMも自由に投げ込んでもらう。テレビ局から抗議を受けて、いまはYOUTUBE上で公開していない動画だって、サーバーの中には残っているだろうし。
企業してのグーグルが、テキストサイトにおけるadsenseという大発明により成功したように、動画広告でも画期的な広告手法を開発して大もうけするかも知れない。だけど組織を動かしている本当の欲望は金もうけじゃなくて「情報フェチ」なんじゃないかと。
話は戻って、次の記事もグーグルのもつcompellingな力をうまく表現している。
「表面に見えているのは、あくまでもグーグルが選んだ“外向きの顔”に過ぎない。同社は、テーブルの下に磁石を隠し持っており、テーブルの上にある金属の球を操っているのだ。そして、磁石の存在が見えなければ、人々は球が勝手に転がっていると思い込んでしまうものなのだ」(レンセン氏)
同氏の言葉を借りれば、グーグルが世界に向けて提示しているアプリケーションやサービスは金属の球、秘密にしているアーキテクチャが磁石ということになる。その磁石の部分こそが、グーグルの最大の強みであり、なおかつその詳細が外部から見えないからこそ、グーグルのビジネス戦略はきわめて分かりにくいのである。 (Web界の巨人「グーグル」の果てしなき野望)
compellingという言葉がもともと両義的で、ポジティブでもありネガティブな意味ももつように、グーグルの巨大な磁石に自分たちがいつの間にか動かされていることについては、当然ユーザーの間で賛否両論が巻き起こる。梅田さんのエントリーに対する、コメントやはてブコメントを見ると、「奢れるもの久しからず。私ならYoutube買収がGoogle凋落のきっかけになるほうに賭けます」とか「みんなgoogleが大好き」とか、グーグルに対するイメージが見事に分裂していて面白い。
良い権力か悪い権力かはともかく、もはや強大な権力者になってしまったnon-stop trainのことは、もはや誰も無視できなくなった。ブログを眺めても一億総グーグル評論家みたいな状況になっている。再びessaさんいわく
20世紀の人文学が「核戦争」というテーマに取り憑かれていたように、21世紀に人文学というものの意味があるとしたら、「グーグル八分」を自分の言葉で語ることから逃げられない。
グーグル八分に限らずとも、21世紀の政治、経済、法律、テクノロジー、あらゆる分野において、インターネット政府たるグーグルを抜きに語ることはできなくなってしまった。
福島県知事じゃないけど、絶対的権力は絶対に腐敗する。今は「dont be evil」と無邪気に言っているネット政府のHAL化をいかに防ぐか?
長くなったので、また次回書きます。





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