October 17, 2005

Steve Jobsに学ぶ英語&放送革命

梅田さんの
Web 2.0時代を生きる英語嫌いの若い人たちへの英語勉強法:リスニング編
を読んで、IT Conversationsにトライしてみたが、英語の教材とするには、わりと上級者向けだと思った。
少なくとも自分のリスニング力ではあんまり聞き取れない。SPEAKERにもよるが、かなりスピードが速いのと、なによりCNNのアナウンサーとかと違って発音がクリアーでないのが一番の難点だ(当たり前だけど)。

と思っていたら、もっといい教材を見つけた。
Life is beautifulさんのスティーブ・ジョブスに学ぶプレゼンのスキルからたどり着いた、アップルのCEO、Steve Jobs氏の製品発表のプレゼンテーション映像だ。

もちろんプレゼン能力はすばらしい。まるで役者のようだ。
でもそれと同時に、彼の話す英語もまたすばらしい。発音がクリアーで、抑揚があり、専門用語は避けて誰でも分かるようにゆっくり話す。内容もユーモアを交えて面白い。

仮にまたアップルを解雇されても、この人は多分、NOVAの講師をやらせてもかなり優秀なんじゃないか(笑)
Video iPodにこれらを落とし込んで通勤途中とかに聞けば、いい英語の勉強になりそうだ。

話は変わるが、Steve Jobsのプレゼンを見て思ったのは、
同じくLife is beautifulさんやR30 さんが指摘するように、今回の発表の肝はVideo iPodという小さなデバイスで映像を持ち運べるようになる、ということではなくて、音楽配信に続いて「映像コンテンツの流通革命」を起きようとしていることだろう。

新バージョンのiTunesでは、音楽クリップビデオのほかに、さっそくテレビドラマも5作品が配信されるらしい(放送翌日からダウンロード可能)。
この5作品はいずれもABCのもので、そのABCを所有しているのがディズニー。その大元のディズニーとアップルががっちり手を結ぶというのだから、インパクトは大きい。配信ラインナップもかなり強力なものになるのだろう。

ひるがえってわが国では、未だに楽天とTBSの争いを巡って「電波の公共性」とか「ネット企業は信頼できるのか」とか訳の分からないことを議論してるんだもんな。
電波利権を握るテレビ局のことよりもユーザーの利便性を優先してくれよ。

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October 05, 2005

激安新聞は買いか-産経NetView

早速うわさの産経NetViewを使ってみた。
紙の新聞をそのまま丸ごと電子化したもので、なにより衝撃的なのはその値段。月額315円!というから、今までの新聞購読料の10分の1だ。

新聞離れの著しい若者を取り込もうと、「携帯サービスと同じ値段にした」ということだが、こんな値段で見られるなら、
3千円払うのがバカらしくなって紙の購読者数が一気に減って自分の首を絞めるだけじゃないか?
既存の販売店から猛反発を食らうんじゃないか?
などなど素朴な疑問が沸いてくるが、この業界の将来を占う上では、大注目の実験だ。

で、使ってみての感想はというと、
んーーー・・・チョンマゲと刀時代の発想から抜け切れていない、妙に時代錯誤なシロモノという印象。

まず、紙のレイアウトをそのままPCのモニターに持ち込んでも全然見やすくない。
新聞紙はA2位の大きさがあるから一覧性というメリットが生まれるのであって、新聞記事をそのままモニターで再現されても、拡大・縮小やスクロールを何回も繰り返さなくちゃいけなくて面倒臭い。

この点、猫手新聞さんも

そもそも新聞そのままの体裁で出す事も疑問。デバイスによって同じコンテンツでも見せ方が違うのは常識で、だからこそデザイナーが腐心している訳で。 1024×768の環境で見開き表示で文字が読めますか?画面は20インチあろうと72dpiしかない事に変わりはないのですから、新聞と同じ見やすさは 求められないはず。書体や文字の大きさにこだわってきたはずの新聞の名が廃ります。スクロールすればいいじゃん、という言い分は論外。一覧性の無くなった 縦打ちの新聞は、横打ちが基本のネット世界では究極の異端プラットフォームなんですから。

と書いている通り。

次に、紙をそのままスキャナで取り込んだようなものなので、テキストとして扱えないから、記事の「コピー&ペースト」も「検索」も「保存」もできない。
さらに今日の紙面しか見られないので、気になった記事を保存しようとすると、紙にプリントアウトする以外にない(電子化の意味ねー!)

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May 10, 2005

天声人語、斬られる

今日(5/10)の朝日新聞の天声人語に事実誤認があることが、ブログ上で早速指摘されている。 

【天声人語の抜粋】
先日、JRの尼崎駅に降りた時、時刻表を見た。脱線した電車と同じく、この駅から大阪の北新地などへ向かう線の本数は、朝8時台で上りが13本だった。そして、大阪駅や京都駅へ向かう線の方には、40本あった。東京の山手線が二十数本だから、確かに、かなり密だと思った。

この下りについて、忘れないうちは更新するblogさんが、

10日の朝日新聞朝刊の天声人語、入試の試験問題に採用されることが売りの天声人語は、小学校の算数で習う割り算如きも出来ない人が書いてるんですな。
この割り算も出来ない人曰く、朝の尼崎駅のJR神戸線大阪駅方面への本数は、山手線の同時間より多いから過密ダイヤなんだそうな(^^)
複線の山手線と複々線の東海道本線(JR神戸線)を本数だけ比べて過密とはねぇ。
ピントずれまくりのJR西日本叩きを繰り返して問題の本質から外れまくってるマスゴミには本当に呆れる。

と指摘している。
これを敷衍して、風来某の世間観察日記さんが詳しく解説している。また4/30付で、たなか@さくらインターネットさんの「ダイヤは過密ではない」 という記事も。

自分は、ここで安易な天声人語批判に加担したいのではない。むしろ新聞なんてしょせんこんなレベルなんですよ、と。あるいは前向きに「参加型ジャーナリズム」の形が見えてきたのかなー、とも。

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May 09, 2005

このままじゃマスゴミは本当に断頭台行きだよ

legdropそれにしても、JR西日本の列車脱線事故をめぐって、「マスゴミ」叩きのブログ数はすごい。巡回してると、トラックバック数が100を超えてるサイトも珍しくない。

正直"マスゴミ側"の人間は、2ちゃんねらーやブログやってる人たちが思っているほど、ネット上のマスコミ批判を気にしてないし、相手にしてない。もちろん情報収集にはネットを利用しているけど、マスコミ批判があったところで「あーまたか」位の感覚で、素通りするってのが普通のリアクションかもしれない。

官僚や政治家を取材してて、「この人たちこれだけ世間に叩かれてるのになんで全然反省しないんだ?」って不思議に思うことがあるが、省みれば実は自分たちも同類なことに気づいて、初めてその厚顔な心理に納得したりする。
怒れる民衆が広場に群がってるのに、「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」とのたまったマリー・アントワネット同様、怒っている理由に無自覚、無関心な状態というか。

でもここにきて、状況は変わりつつあるのを感じる。

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May 07, 2005

メディアリンチ撃退法

JR西日本脱線事故の記者会見で、机をバンバン叩いたり、「社長を出せ」と恫喝するガラの悪い記者の態度がネット上で大ブーイングを浴びている。

自分だけいい子ぶる訳ではないが、こういう正義面したヤクザ記者がマスコミ内に少なからずいることを、同業者として本当に恥ずかしく思う。自分が記者になって初めて出席した某県庁の記者会見で、30そこそこのヒゲ記者が、父親ほどの年齢の部長に向かって横柄にタメ口で詰問している様子をみて、ものすごく驚くと同時に嫌悪感を覚えたし、絶対自分はこうはなりたくないと思った。(今もなってないと信じたいが、当の本人は無自覚だったりするので・・・)

「役人らしい」とか「技術屋っぽい」とかいう言葉があるように、職業がその人の性格形成に影響を与えるとすれば、マスコミ記者という職業は「横柄で尊大」な人間を育てる傾向があるように思う。

大学出たての七五三みたいなスーツ姿の若造でも、名刺一枚で県知事にだって会えるし、知事の方も邪険に扱ってマスコミを敵に回したくないか ら、表向きは恭しく応対してくれる。「権力を監視する」「社会正義を実現する」という正義感をまとい、自分自身の欠点や素行不良は棚に上げて、神のような 超然的立場から企業や行政のミスを批判しているうちに、だんだん自分自身がエラいように錯覚してくる。

マスコミは第四の権力とよく言われるが、現代ではマスコミが一番エラいんじゃないか。官僚バッシング、政治家バッシング、企業バッシングが吹き荒れ ることはあっても(なぜか司法にマスコミの牙がむくことはめったにないが)、マスコミ自体がバッシングの対象となることはない。世論はマスコミ自身が扇動し、形成するものだから。最近のNHKや朝日新聞の不祥事のように散発的、局所的な批判が起きることはあるが。
さらにマスコミだけが3権分立のような相互チェック機能から自由なので、暴走を食い止める有効な手段が存在しない。購読新聞を変えてやろうと読者がささやかな抵抗を試みても、どの新聞も横並びの金太郎飴だから、あまり意味ないし。

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May 05, 2005

民主化の春は遠そうだ

反日デモが心配されていた中国の5・4抗日闘争の日は、結局平穏なまま過ぎ去ったようだ。
あれだけ燃えさかっていた炎を、瞬間冷凍させてしまう中国政府の統制力の健在ぶりを見せつけられ、それはそれで背筋に寒さを覚える。
デモに関連するインターネットの書き込みがことごとく削除されたり、メールでデモ情報を流した人間を摘発したりと、自慢の世界一のネット検閲システムが本領を発揮したようだ。

ちなみに対岸の火事ではなく、日本でもつい最近までこんな時代が。
GHQは絵本まで検閲していたのか・・・

占領下の児童書を収集へ 発禁本や「のらくろ」も(5/3共同)

国立国会図書館は5月から、終戦直後の占領下で連合国軍総司令部(GHQ)が検閲した出版物を収蔵する米メリーランド大・プランゲ文庫の図書のうち、児童書約8000冊を3年計画でマイクロフィルムに写して収集する事業を始めた。

 占領下の各種図書約7万1000冊をマイクロ化する事業の一環で、来春の一部公開を目指す方針だ。

 収集対象は、検閲を受けて発行された児童向けの読み物約4300冊や「のらくろ」などの漫画約2000冊、絵本約1600冊や、かるたなども含まれる。

 検閲で発行禁止となった絵本など6冊や、一部表現が削除された宮沢賢治やサトウハチローらの読み物もあるという。

 GHQは1945年から49年まで出版物を検閲して保管。その後、出版物はメリーランド大に寄贈、収蔵されてきた。

[追加]
占領期の絵本、国会図書館が米で収集 「プランゲ文庫」(5/5朝日新聞)

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April 23, 2005

ネット検閲がもたらす究極の監視社会

インターネットは、民主主義を発展させる強力なツールなんだと素朴に思っていた。直接民主制が実現したり、伊藤襄一氏が提唱する「創発民主制」(pdf)という概念に表されるように、議論やコミュニケーションの質も量も高まって社会に新しい変化と自由をもたらすんじゃないか。国際社会においては、食うにも困ってパソコンどころじゃない北朝鮮はともかく、ネット人口が1億人を超えたという中国の独裁体制なんて放っておいても崩壊するだろう。そう無邪気に思っていた。

だが、「中国の嘘~ 恐るべきメディア・コントロールの実態~」(何清漣著・扶桑社)に描かれた中国のネット検閲の実態を知り、そんな幻想は一気に吹き飛ばされた。自由をもたらすどころかインターネットが独裁国家の手に渡ると、こんなに恐ろしい監視社会が生み出されるのか。ジョージオーウェルのSF小説も顔負けの背筋の凍る世界だ。反日デモもこうした背景の理解なしには語れない。メディア論や中国に関心のある人は必読の書だと思う。

例えば「雅虎中国(yahoo!China)」のすべてのチャットルームとフォーラムにはひとりの「ビッグ・ママ」がいる。すなわち検閲チームの責任者である。彼らは随時、「政治的に正しくない」評論を削除するほか、さまざまな手法で自由な討論を阻止している。例えば、ネット討論の場に誰かが「中国において、我々は全国レベルでの多党選挙を実施しなければならない」と書きこんでも、反応は全くない。それはなぜだろうか。この発言はヤフーのお目付け役によって掲載が阻止されたのである。その後、とても「フレンドリー」な電子メールがうやうやしく送られてくる。そこにはあなたの不穏な言辞は「冷却」した方がよいという提案が記されている。

中国のヤフーで「台湾独立」を検索しても何も出てこない。これはヤフーがいくつかのキーワードを検索禁止にしているからであり、「法輪功」や「中国民主」でも結果は同じである。

政府批判やチベット、新疆ウイグル、台湾独立、法輪功などに少しでも触れた言論はあっという間に摘発される。その「事件解決」の速さは凄まじく、金盾プロジェクトの有効性と国家安全部門の勤務効率の高さには驚かされるばかりである。

「金盾プロジェクト」とは、2001年から稼働し、2008年に完成予定の究極の監視システムで、

フィルタリングする必要のある海外の情報サイトをすみやかに発見し、国内の「不良」情報コンテンツもすみやかにブロックし、さらに安全検査を実施し、犯罪行為に対して現場で調査、証拠調べ、鑑定を実施するというものである。

その最終目標は巨大なオンライン・データベースと監視ネットワークの統合であり、そのために音声と顔認識、CCTV(監視カメラ)、スマートカード(ICカード)、クレジット記録、インターネット監視のテクノロジーが導入されている。中国政府が構想しているのはデータベース駆動型の全国規模のリモート監視システムであり、全国―地域―現地の安全部門当局を結ぶ包括的な監視ネットワークである。

つまり、単に反政府的な言論を検閲するだけにとどまらない、「壮大な人民管理データベース」とそれに連動した「治安維持システム」。ゲシュタポが現存していたらノドから手が出るほどうらやましがっただろう。日本の盗聴法や人権擁護法案がかわいいヒヨコに思えてくるほどだ。

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April 11, 2005

ブロガー、国境超え政権揺るがす

ブログ先進国のアメリカでは、もはや現実の政治においてブログの影響力が無視できない状況になっているが、そのアメリカの地方都市ミネアポリスに住むサラリーマンが、国境を越えてカナダの自由党政権を揺さぶるほどの「特ダネ」を掲載して話題となっているようだ(

話を要約すると、カナダでは、与党の自由党がマネーロンダリング的に公金を流用した疑惑が浮上しており、その捜査の過程で、非公開で行われた公聴会(正確には法廷での傍聴は自由だが、その内容をマスコミが報道することを禁じた)の内容をこのブロガーが関係者から入手し、ネット上に公開してしまった。

公聴会の証言には、マーティン現首相の側近とスキャンダルを結び付けるような重大な内容も含まれ、カナダ国民が知らされていない内容がアメリカのブログに掲載されたことで、同サイトにはアクセスが殺到し、1日で40万ヒットも記録したという。

結局、カナダの判事は報道禁止令が無意味になったということで、その数日後には禁止令を解除。その後はマスコミが堰を切ったように証言内容を基に現政権の暗部を追及し、マーティン首相は退陣の危機にもされされつつあるという。

このブロガーはNewYorkTimesの取材に対し、「政治家もメディアも知っているのに、カナダ国民だけは暗闇の中に取り残されている。こんな報道禁止令は自由主義社会の自滅行為だ。これはブログにとって歴史的な瞬間だ」と答えている。

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April 04, 2005

ブロガーよ、情報の司祭を打ち倒せ!

Martin_Luther一度自分なりのブログの歴史的意義をまとめておきたい。

このブログを立ち上げて、一番最初に書いた「キムタクって本当に存在する?」という変な題名のエントリーで、当たり前のことをくどくど述べたように、人々はこの社会を認識するための多くの情報をマスメディアに依存している。テレビや新聞のニュースは頭上から一方的に降り注ぎ、人々はどこか胡散臭さを感じつつも、その圧倒的な影響力に抵抗するすべもなく、支配下に置かれてきた。

インターネットは、こうした一般市民に「情報発信権」という新しい市民権を与えた。
さらにブログは点在していた個々人を互いに結び付け、「ブロゴスフィア」と呼ばれる新たな言語空間を生み出した。

「万国のブロガーよ団結せよ!」
「POWER TO THE PEOPLE!」

今ブログは爆発的な感染力で広まりつつあり、蟻の大群が巨象を倒すように、マスメディア帝政に襲いかかり始めた。

ブログとはジャーナリズム革命である。
ニュースを伝える媒体が紙からオンラインにシフトするというのは、既存マスメディアを揺さぶる激震の一側面にすぎない。より本質的な問題は、ニュースの「編集プロセス」自体を根底から覆そうとしているインパクトであり、われわれが「世の中」を認識し、解釈する方法自体におけるパラダイムシフトである。

昨日ヨハネ・パウロ二世が亡くなった。ローマ法王とは「神の代理人」を意味するという。カトリックでは、人々は神と直接対話するのではなく、間に司祭という仲介人がいて、彼ら聖職者の口を通じて神の声、つまり世界観や価値観の一切を知ることになる。その聖職者ヒエラルキーのトップに君臨するのが法王だ。

中世ヨーロッパの農民は、生まれた瞬間から墓場に入るまでカトリック教会の支配下にあり、毎週日曜日に通う教会で一方的に講釈される世界観に疑問を抱くことなどありえなかった。

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March 28, 2005

ジャーナリズムの大御所登場

ジャーナリズムの大御所、立花隆氏が近くブログを立ち上げるそうだ。

立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」との題名で、ここ にすでに連載5回分の記事が載っている。

これは基本的に、そのときどきで私が発言しておきたいと思ったことを、かなり自由に発信するページである。いってみれば、一種の個人的ブログと考えていただいてもよい。

内容的には、政治、経済、社会的事件、国際問題、科学技術、文化(映画、文学、読書、ジャーナリズム、インターネット、風俗)などなど、そのときどきで、あらゆるものに筆を及ぼしたいと思っている。

書き方としては、即物的な最新情報をいっぱいに詰め込んだページとして展開するのではなく、むしろ目の前の現実から一歩引いて、より広い視野からそれを捉え直したときに、何がみえてくるかを中心に書きたいと思っている。ファクトそのものを伝えるより、私がそれをどう解釈しているか、それに対してどのような意見を持っているか、かなり主観性を帯びた、解説的オピニオンを付け加えたページになると思う。

 言うまでもないが、立花氏は田名角栄の金脈を追及し、退陣に追いやった伝説のジャーナリスト。万人が同じ地平に立ち、自由に発言できるブログの世界に参加することで、どのような議論が展開されるか非常に注目される。もしかしたら新しいジャーナリズムの形が見えてくるかもしれない。


 

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