WEB2.0時代に沈黙は「悪」である
磯崎さん発の議論に便乗。
読んで感じたのは、web2.0の時代において、はっきりしているルールは、「沈黙は悪」である、と。
我々はみんな「参加せよ!」「発言せよ!」「データはすべてWEBサーバーに放り込め」という暗黙の圧力にさらされている。ブログしかりSNSしかりwikipediaしかり。
ちょっと前に芥川賞作家の平野啓一郎さんが自身のブログで書いた文章が、この問題について全てを語り尽くしている。
ご存じない方もいるかもしれないけど、平野さんの著書にパクリ疑惑がもちあがり、平野さんからすればまったくの濡れ衣なのに、wikipediaにも盗作疑惑と書かれてしまった。それに対する平野さんの反論は、WEB2.0に対する見事な考察にもなっている。
ネット以前の世界では、「人の噂も七十五日」である。不当な噂(=情報)を流されても、無視しておけば、時間がそれを淘汰してくれる。・・(略)・・web2.0的な世界はそうではない。そこで情報は、最早誰のものでもない匿名の言葉となり、匿名の知となって、世界中を駆け巡る。誤った情報を放置しておくと、単にそれが何時までも残り続けるというだけではなく、様々な人の手を経て増幅し、増殖する。
だからこそ、私は今、この6年前の出来事に関して、私自身の言葉を「参照可能な情報」として、新たにネット空間に付け加える必要を感じた。・・(略)・・時が解決してくれる、無視して関わりを持たないといった態度は、今日にまで至る長い人間の歴史の中では、不当な出来事に「巻き込まれた人間」が取り得る態度として、必ずしも消極的だというわけではなく、恐らくは、賢明であり、かつ有効なものと信じられていた。・・(略)・・しかし、それが「変わった」のである。しかも、まさしく今、「変わった」のである。
web2.0以降、「巻き込まれた人間」は、ただ黙っていても、状況を改善されず、それどころか、悪化させてゆくこととなった。・・(略)・・その状況を不当と感じるならば、自らが積極的に、新しい情報となる言葉を発しなければならない。・・(略)・・梅田氏は、web2.0的世界では、最終的には51対49であっても、「正しいこと」が勝利するのではないかという見解を私に語った。・・(略)・・しかし、情報となる言葉を発しなければ、「正しいこと」であっても、100対0で敗北し得るのである。
平野啓一郎公式ブログ - web2.0的世界において、「名誉」を守るということについて
弾さんが言っていることも同じこと。
もし自分が気に入ったお店のWeb上での評判が異なるのであれば、自分はそう思わなかったという意思表明をしておくのが今の「ネティケット」かも知れません。
現実の政治でも、投票に行かない人は搾取されるように、グーグルのページランクという民主主義の下では、発言しない者はこの世に存在しないに等しい。
自分の名誉や利益を守るためには、誰よりもでかい声で叫び、ウェブという共同落書き帳の上に、絵の具で色を「上塗り」し続けないといけない。それが今の時代の新しいルールなんでしょう。
「ウェブ人間論」はまだ読んでないけど、こうした問題も触れられているのかな?
【補足】
ちょうどこんな記事も。
J-CAST ニュース : ウィキペディア編集方針 西和彦がモーレツ批判
インターネット上の百科事典「Wikipedia(ウィ キペディア)」にある「西和彦」の項目をめぐり、大騒ぎになっている。きっかけは、元アスキー社長である西和彦さん本人が記事の大部分を削除したことだっ た。さらに、同氏は「誰でも編集できる」編集方針を厳しく批判し、「嘘で嘘を塗り固めているようなもの」という挑戦的な言葉も投げつけており、今後も波乱 含みだ。





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